桜の花のように散った「100日後に死ぬワニ」最終回、深読み解説!

終わってほしくない気もするが、心待ちにしていた・・・ついに最終回!

1、美しいラスト

「せつなくも・・美しいラストだなぁ」と感じた。

絵を正業とする作者、イラストレーターのきくちゆうきさんの底力とセンス、そして、この「100日目で死ぬワニ」のテーマが「死」を意識することで「生きる」ことをよりよく生きることを考えるきっかけになればいい、との思いが、ラストの展開に現れている。

そして、このサービスショット的な投稿。作者の思いと良心がにじみ出ている気がする。

2、最終回、解説と感想

Twitter上では、最終回をいろんな解釈で語られ盛り上がっている。概ね好評で現時点ですでに160万いいね!だ。私も「いいね!連発したい心境だ。もしかしたら、最終回の私の解説は勘違いだったり、作者の意図と違うものかもしれないが、私見として述べたい。作品というのはどんなものでも、作者の手を離れたら独り歩きするものなのだ。それでいいのだ。

◎ワニは死んだ

この結末は必然ではあるが、「100日後に死ぬワニ」・・タイトル通りだった。「実はユメだった」とか、「ワニの友人が死んだ」というような浅い肩透かしの展開ではなかったのでがっかりしないで済んだ。

◎最終回のストーリー

①ねずみが花見に遅れている友をバイクで迎えに行く

②「百景坂交差点」でねずみが、桜を見上げ写真を撮り、LINEでワニ達に送っている(グループ)

③ちょうどそのころワニは、道路を渡ろうとしていたヒヨコを助けようとして、誘導していた。

そして交通事故にあったと思われる。

④歩道に落ちたワニのものと思われるスマホが、ワニの交通事故を連想させる。

⑤そのLINEの画面、「よくね?」のコメントが消えている。これは、事故現場にかけつけたねずみが、失意の中でその自分のコメントを消した・・。

そんな展開だと推測する。

手前みそではあるが、3/9の私の最終回予測、「誰かを助けていて死ぬ」という部分は当たっている。

そういう意味では期待を裏切らない、桜満開の場面設定と共に、美しいラストで素晴らしいと思う。私も一応25歳頃まで、4流漫画家として商業誌に4コマなど描いていたので、漫画の難しさは少しはわかっているので余計「いいね!」を連発したい気持ちなのだ。

3/9の記事でも書いたが、大体人は自分の死を予測出来ない。自分の死を日常的に意識はしない。余命宣告でも受けない限り。「死」も意識しないし、逆に「生きる」とうことも普段意識することも、そうないだろう。しかし、「死」はこのワニのように突然をやって来るのだ。花見で友と楽しくやっている、ありふれたささやかな幸福の中で、突然に・・。仏教的な「無常観」、人生は思うようにならない、自分でコントロール出来ない部分が多いものだ。

ワニが車道を渡ろうとしたヒヨコに遭遇したのは、ワニの責任によることではない、出会いであり、偶然の遭遇であり、縁起だ。また、ワニがヒヨコを助けようと、行動に出たのは、ワニのやさしさであり、このやさしさもまた、先天的なものと後天的な環境が育んだもので、これもまたつきつめると、縁起なのだ。「生」は与えられたもので、「死」もまた、与与えられものだ。

こうして「生」や「死」を考察して行くと、どうしても観念的になり難しい思考をめぐらすことになる。しかし、作者の意図は最後の「生きる」という美しい桜吹雪の絵とともにある、コメントからも伺えるが、そうゆうことを皆で考えてみようと言っているのだと思う。

「生きるというのは、こうゆうことなんだよ」と「生きるというのは、良いことをしてもむくわれないこともあるんだよ」と「生きるということは、死が突然残酷にやって来ることもあることが前提なんだよ」と、そして「だから悔いのないよう、毎日、この一瞬を味わい、楽しみ、精いっぱい生きようよ!」そんな感じじゃないだろうか。

美しい最終回に拍手と感謝!ありがとう。

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nora

nora

シニア世代の自由人、趣味のオヤジバンド・野鳥写真・風景スケッチ等で西多摩方面に出没