社畜だった私が、ブラック企業と闘い、労災認定を勝ち取った実話

まず、結論から・・・。

1、企業との闘いで一番大事なこと

会社から不当な扱いを受けたり、耐え難い境遇にある場合、そこから逃げ出し安易に会社を辞めてはいけない!ここがまず大事なところだ。
そして、闘いたい、と思うなら会社を退職する前に、労働基準監督署に相談すること。

それは、私が労働基準監督署(以下、「労基署」)の方から、ご教授頂いたことなのだ。

私の場合もそうだったが、退職していなければ労基署で適切なアドバイスを受けることが出来る。しかし、退職した後だと(大体「自己退職」として辞める)労基署の協力範囲も狭まるし、会社復帰の可能性は低い。残る手段は裁判だが、ハードルもリスクも高い。

2、私が労災を勝ち取った話

<業務中の怪我>

バブル崩壊後の転職で、比較的肉体労働で条件も良くない会社だった。しかし、景気は悪く就活状況も最悪な時、子供もまだ小さく、とにかく稼がなくてはいけないので、頑張って働いていた。

ある日、ちょっとした自身の不注意で、荷物を引っ張ろうとした時、その手がすべり勢い余って、自分の目を、自分の指で強く突いてしまった。その瞬間目が痙攣するほどの衝撃で耐え難い痛みだった。その後眼科に行き、一度痛みも消え完治したと思った。だから「別に労災でなくていいや」とノンキなものだった、が、その怪我が深刻な事態へ急変した。

<角膜再剥離に苦しむ>

目の痛みも癒えた頃、急に怪我をした右目に激痛が走った!そして眼球を動かすと目に砂を入れられ擦られるように痛いのだ。目は真っ赤に充血している。眼科に行くと、「角膜再剥離」と診断された。会社での怪我の時、角膜の一部を破損したのだ。その細胞が再生治癒し、元に戻ったのだが、再生した細胞がもろく再び、剥がれ落ちる症状だ。故に「角膜再剥離」という病名。

<失明の可能性がある>

この角膜再剥離は、個人差はあるが長い期間繰り返すことが多いやっかいなもの、それもショックだたが(とにかく痛いのだ)、更にショックだったのは将来、失明の危険もある、との眼科医の説明。これは個人的に深刻なのだ。私は生まれつき左目が矯正が効かない程、視力が無いのだ。だから普通の視力がある右目が失明すると、車を運転出来ない程度ではなく、普通の生活が維持出来なくなるのだ。

その後、角膜再剥離を何度も繰り返した。私はその度に激痛に苦しみ、その度に治癒するまで1週間程会社を休み、その分給料はしっかり引かれた。あげくに社長からは遠まわしに「辞めてくれ」と言われたのだ。

<労災を勝ち取る闘い>

もう、ノンキになど構えてはいられない、角膜再剥離という将来失明の危険のある病気をかかえながら、このままなら会社を首になりそうなのだ。将来が不安になり、今思えば軽い鬱状態だったと思う。しかし、このままでは家族の生活を守ることも出来なくなる。萎える気力を振り絞り、「労基署」へ足を運んだ。後に振りかえれば、この行動が救いとなった。

労災

<「労基署」の的確なアドバイス>

「労基署」の対応は今思い出しても、親切で的確だった。

以下がアドバイスの内容だ。

会社を辞めてはいけない!・・・辞めると「労基署」として協力範囲が狭まる(権限が及ばなくなる)

労災の申請を自身でやりなさい!・・・通常の労災申請の方法は会社がリードして書類を回して行く。まず労災申請の用紙を渡された。

そして「労基署」が、この件の労災は認めるという前提で(通常労災申請は最後に「労基署」が認めて「労災」と認定される)自身でまず病院へ行きなさい。
(記憶が曖昧だがこの時は、会社を納得させるために病院で診断書をもらったと思う)

そして、会社に行き、「労基署」と「労災認定病院」が、この件の労災を認めている、と経営責任者に話し、労災申請書に社印をもらいなさい、というアドバイスだった。

要は通常の書類の流れを逆にして、会社の逃げの退路を断つ、というその道のプロでないと思いつかない作戦だ。おそらく弁護士が間に入る場合なども、この形で労災認定へ持って行くのだろう。

<「労基署」のアドバイス実行!>

とにかく私も必死だった。ちょうど再剥離の症状が出た時だったので、すぐ労災認定病院へ行った(基本、労災認定を受けるには労災認定病院の診察が必要)眼科医の話では、労災認定を受ければ、将来最悪失明しても、その失明が労災の怪我が原因と認められれば、認定され保証される、とのこと(くわしくは聞かなかったか、忘れてしまったかだが、失明した時の治療費等や、ある程度の生活保障があるのかもしれない)事情を話すと眼科医も好意的で励ましてくれた。

さて、いよいよ本丸へ突入だ。小さな会社なので、何でも社長が決める。社長へ労災申請書診断書を差し出し捺印を、お願いした。(会社側が記入する部分は事前に、私が既に書き込み済で、後は社印を押すだけ、にしてあった)

ケンカをしに来たのではない、少しでも私の将来の不安を無くすために、交渉に来ているのだ、いくらブラックな会社でも、感情的な勢いだけで今辞めるわけにはいかないのだ!

労基署にアドバイス受けた通りの手順で、説明したのだと思う。社長とその奥さんが書類に目を通し、奥さんが無言のまま社印を押してくれたのは覚えている。後は何を話したか記憶がない、おそらく極端に緊張していたせいかもしれない。

3、労災認定、その後

それから、「労基署」に書類を届け、労災は認定された。
「労基署」には本当に感謝しかない。

以後も何度か角膜再剥離は起きた。しかし会社をで休んでも給料は引かれなかった。また「会社をやめてくれ」的なことも言われなくなった。

そして、妻も協力してくれて、少しでも目の治癒に良いことをいろいろ試した。玄米食にしたり、ブルーベリーのサプリを試したり・・。
その甲斐あってか1年ぐあいは要したかもしれないが、角膜再剥離が再発することは無くなった。しばらく再発に怯えていたが、やがて角膜再剥離のことも気にならなくなった。

あれから20年以上経過するが、怪我した右目は視力も落ちず、幸いなことに何も問題無い。

当時の会社は、その事件後も10年程居続けた。小さなゴタゴタはあったが、あの労災の件を思えば・・・皆小さなことだった。

二男の大学の最後の授業料を振り込んだ、その直後に退職した。妻との「子供が学校を出るまでは転職しない」という約束を、大学卒業半年前だったので、少しフライング気味ながら守ったのだ。そして現在在籍する会社に転職した。

勤務している会社と積極的に闘えとは私は言わない。

しかし、どうしょうもなく理不尽な状況で、一方的に泣き寝入りして退職するぐらい悲惨な状況であるなら、あなた次第ではあるが、私の体験はヒントになると思う。

少しぐらいの不満はあっても、お勤めの会社で深刻なトラブルが無ければ、それは幸運なことだと思う。

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nora

nora

シニア世代の自由人、趣味のオヤジバンド・野鳥写真・風景スケッチ等で西多摩方面に出没